中島みゆき「ファイト!」 歌詞の意味を考える長文2

これは前ページからのつづきです
まだの人は前ページも読んでね(~▽~*)
 

 
5. 勝つか負けるかそれはわからない それでもとにかく闘いの
   出場通知を抱きしめて あいつは海になりました
 
ここは、読んでそのまま。
勝つか負けるか分からなくても、がむしゃらにぶつかっていくんだ!
という覚悟が表れた部分ですね。

ここから「ファイト! 闘う君の歌を―」の流れを聞くと、ほんと応援歌だなーと思います。 だからこそCMでもこの部分が使われているわけですし。


ここまでの歌詞には、
「頬を打たれて年をとる少年」や「子供を見捨てて逃げる私」など、
理不尽な暴力に負け、屈する場面が描かれてきました。

しかしここでは、屈せずに立ち向かっていく姿が描かれます。
  魚パートと照らし合わせて考えると、
  立ち向かっていくことは
傷つき、やせ衰えていく行為です。
  そして同時に光って美しいことでもあります。

このフレーズからサビに続く流れをみるに、
中島さんは、「傷つくのを恐れるな! 美しくいきよう! ファイト!」というメッセージを送っているように思われます。


――が、ここでちょっと良く分からないのが
あいつは海になりました」 というフレーズ。

これはどういう意味に解釈すれば良いのか……?

まず、“海”という言葉があるので、ここはある意味で『魚パート』でもあります。
具象的なエピソードと、抽象的な比喩が交互に登場する「ファイト!」の歌詞の中で
この部分はその両方の性質を持つ、中間的なフレーズになっています。

出場通知を抱え、立ち向かっていく“あいつ”は、もちろん光って美しい“魚たち”の一人でしょう。
“あいつ”は流れに逆らって泳いでいるのです。

では“海”とは何か?

本来、“海”は流れの最も下流にあるもの。
あれ? 妙だと思いませんか?
“魚たち”は流れに逆らって泳いでいたはずなのに……
 
ここまで“水の流れ”は大人(理不尽な暴力・抑圧)の象徴でした。
だとすれば“海”もそう解釈するべきなのでしょうか……?
 
なぜ“あいつ”は“海”に辿り着いてしまったのでしょう?
 
 
ここはとても面白い部分だと思います。
「ファイト!」を考えるうえで、ここが一番重要です。私はそう思います。
ですから、これに関する私の考えはまた後ほど書きたいと思います。
 



サビ. ファイト! 闘う君の歌を
     闘わない奴等が笑うだろう
     ファイト! 冷たい水の中を
     ふるえながらのぼってゆけ

“闘う君” と “闘わない奴ら” が対比関係
“冷たい水” と “のぼってゆく(魚たち)” も対比です。

また、前半は具象的な少女少年たちのエピソードであり、
後半は『魚パート』に対応しています。

ここのフレーズでは、具体的に「のぼってゆけ」と歌っていますから、
「大人たちの理不尽な抑圧に負けるな!」というメッセージです。

  この歌はラジオのリスナーの手紙から生まれたものです。
  ですからこの「負けるな!」というメッセージは、
  手紙の少女に対する、中島さんからの返事だと言えます。

そして 「ふるえながら」 というのが良いですね。
そう、魚はふるえているのです。水が冷たいから。

前出の歌詞にもあったように、
流れに逆らうというのは傷つき、やせ衰える、ツライことです。
しかし、「ふるえることもあるだろう。でも負けるな!」と言っているのでしょう。



6. 薄情もんが 田舎の町に あと足で砂ばかける って言われてさ
   出ていくならお前の 身内も住めんようにしちゃる って言われてさ
   うっかり燃やしたことにして やっぱり燃やせんかったこの切符
   あんたに送るけん持っとってよ 滲んだ文字 東京ゆき

まー、まったく恐ろしい話である。
階段で子供を突き落とす女も恐ろしいが、この田舎もそうとう怖い。
  階段の女が直接的な暴力なら、
  この田舎のやり方は、間接的な暴力である。むしろ陰湿だ。

このフレーズは冒頭の“中卒の女の子”のエピソードと同じくらい、
「ファイト!」の歌詞の中でも特に具体性があるエピソードです。

話の流れを見るに、恐らく主人公は女性。
  基本的に「ファイト!」の“主人公(私)”は女の子です。

  ラジオ番組に投稿されたエピソードは冒頭の“中卒の女の子”の部分だけですが
  「ファイト!」の歌詞上では、この女の子のイメージが「主人公“私”」として
  そのまま流用されていると思って良いでしょう。
    同一人物ではないにせよ、似たような境遇、似たような立場、
    弱いものとしての“女の子”=“私”という形です。

話の流れとしては、
 “私”が田舎から出ていく(上京する)ことを、「薄情者が!」と罵る人がいる。
 “私”が出ていくと、身内はもうその田舎にいられなくなる。
 “私”は上京を諦める。
 “私”には一緒に上京を約束した友人(彼?)がいたが、
 “私”が上京を諦めたので、友人だけが上京した。
 “私”は切符を燃やせずまだ持っており、東京に着いたその友人に送った。
という感じでしょう。

では、このストーリーについて押さえておくべき疑問点を幾つか読んでいきます。


a. なぜ上京すると「薄情者」「あと足で砂をかける」なのか?
 
  逆に言えば、田舎に残れば「情がある人」となるはずですよね?
  なぜ田舎を出ると「薄情」で、田舎に残れば「情けがある」なのか?

  まぁ、簡単に考えれば、
  「育てた恩を忘れやがって!」というところでしょうか。
  田舎というのは地域ぐるみで子育てをします。
  それは良いことですが、ある意味でそれは近所のおっさんが他人の子育てにま
  で口を出すということで、行き過ぎれば「○○はワシが育てた」とか言いだす状
  態
になります。
  よくドラマなんかでも、隣のおばさんが「○○ちゃんが小さいころは私が“おし
  め”
を変えてやったこともあるのよ」なんて言ってますよね。

  このおじさん、おばさんが上京に関して好意的なら良いのですが、
  逆に上京に否定的であった場合、「おしめを変えてやった恩も忘れて、
  この町(=親代わりの私たち)を捨てるのか!」と怒鳴られます。

b. 身内も住めなくなる、って……本当?
 
  “私”が田舎を出ていったら、
  翌日には実家に地上げ屋やらブルドーザーやらがきて、実家が取り壊されて
  しまう。
  ……どんだけ権力者なんだ、近所のおっさん(~ー~;)

  まぁ、いくら田舎といっても、
  ここまで直接的な実力行使は、現実的に行われることはないでしょう。
    皆さん、「田舎ってマジでこんな恐ろしいところなの?」「田舎のやつら
    って本
気でこんな恐ろしいことやってんの?」と思わないように……w

  むしろ実際には、無視や陰口などといった間接的な抑圧が行われる、
  そう思った方が現実的です。いわゆる「村八分にされる」というやつ。

  また同時にこういった「村八分」が行われうるということは、
  近所のおっさんだけでなく、村全体に “村から出ないのは良いこと” という
  共通認識(その土地のルール)があることを意味しています。

  つまり、“田舎を出ていく女の子”と“怒るおっさん”では、
  その村においてはおっさんの方が一般的な感情であり、常識的だと思われる。
  逆に言えば、田舎を捨てて出ていく女の子の方が非常識なことなのです。
  少なくとも「村人100人に聞きました」をやれば、90人くらいがそう答える。

c. うっかり燃やしたことにした、って……どういうこと?
 
  うっかり燃やしたことにした。
  本当は燃やせなかったんだけど、燃やしたことにした。

  ちょっと妙な言い回しです。

  燃やそうと思ったけど、燃やせなかった。 とは若干違います。

  この一文は、
  「“うっかり燃やしてしまった”と嘘を吐いたけど、本当はまだ持ってる」
  こう読み替えるとしっくりくるような気がします。

  つまり田舎から出ていくことを諦めた“私”は、
  出ていかない(出ていけない)理由を誰かに説明するとき、
  “「うっかり燃やした」ことにした”のです。

  じゃあ、この“誰か”とは誰なのか?
  誰に対して、私は東京には行けないんだ、と言い訳しているのでしょう?

  自分自身に対してでしょうか?
  自分の気持ちを誤魔化すために、燃やしたことにした?
    恐らく違います。
    理由は「うっかり」というフレーズです。
    自分で自分に「うっかり」なんて言い訳は通用しませんよね。
    「うっかり」じゃないことは誰よりも自分が良く分かっているはず。

  では、近所のおっさんに対してでしょうか?
    これも恐らく違いますね。
    この理由もやはり「うっかり」です。
    「うっかり」燃やしたから行けなくなりました。
    →じゃあ、また切符を手に入れたら出ていくつもりなのか?
    という話になるからです。
    近所のおっさんには「私は自分の意思で残ることに決めました」と言わな
    けれ
ばいけません。

  ですから、この「うっかり」と言い訳した相手というのは、
  恐らく一緒に上京しようと約束していた人物だと思われます。
  そしてこの人物は、フレーズの最後で切符を送った“あんた”のことでしょう。
    この人物と“私”は一緒(あるいは同時期)に上京する予定だった。
    でも“私”は行けなくなった。
    その理由を説明するとき、“私”は
    「うっかり燃やしちゃった(・ω<)てへぺろ
と、嘘を吐いたのです。

    この嘘は、とても意地っ張りな嘘です。
    本当は村ぐるみのイジメがあり、理不尽な暴力が彼女を襲っているのに、
    それをこの“あんた”には知られたくない。彼女の強い心が見えます。
      もしかしたらこの“あんた”は、そういう事実があったことを知れば、
      「自分も一緒に残る」なんて言い出す仲間思いの人かもしれません。
      “あんた”だけでも東京に行けるように、“私”は自分の悲しみを自分の
      中だけに押し殺したのです。

  他にも家族に嘘を吐くときも「燃やしちゃった(・ω<)てへぺろ」とか言いそう
  です
が、……まぁ、“あんた”が相手の方がストーリーがドラマチックなので、
  私は“あんた”説を推します。
 
 
 

 
→つづく